渡辺満里奈は80年代後半にデビューしました。その後、結婚、出産を経験した彼女は、マザーバッグを考え出しました。
渡辺満里奈の時代
渡辺満里奈はおじさんたちのアイドルでした。時代はまさにバブル期の真っ只中、1986年の3月27日におニャン子クラブ会員番号36番でデビューしたのです。1970年の初め、山口百恵や桜田淳子に代表される中学生のアイドルたちが続々デビューし、いわゆる若くてかわいい系のアイドル時代がはじまったのです。それはキャディーズ、ピンクレディから松田聖子、中森明菜と引き継がれ、おニャン子クラブがブームとなった80年代後半はアイドルの終末期に入っていました。
ちょうどソ連の崩壊、バブル経済の破綻、携帯電話の登場、昭和から平成への移行といった時代の転換期前夜といった頃で、どちらかというと、先の読めない行き詰った感がありました。
渡辺満里奈のマザーバッグ、その才能
渡辺満里奈は多くのおニャン子たちが消えてゆく中でも、その才能を生かし芸能界を生きのびていきました。時代の転換の波はアイドルたちにもやってきました。ただかわいいだけでは誰も認めなくなったのです。お笑いや司会、ドラマと多岐にわたって活躍する必要がありました。渡辺満里奈はそうした時代を勝ち抜くだけの十分な能力を持っていたのでした。そうしてその才能は、また別の面でも開花することになるのです。
渡辺満里奈のブログには結婚から妊娠、帝王切開による出産のことが報告してあります。その前には流産を経験したことも掲載してあります。こうした一連の出来事と子育ては彼女の女性としての一面を成長させたのだと思われます。渡辺満里奈のマザーバッグはそうした時に誕生したのです。
渡辺満里奈のマザーバッグはマルチバッグ
渡辺満里奈のマザーバッグはある意味必要に急かされて考えだされたものなのでしょう。肩から斜めがけのショルダーバッグがいかに便利かということは男性にはわからないかもしれません。つまり両手があいてるということは赤ちゃんを抱けるということであり、リュックではなくショルダーということはバッグを掛けたまま前へ移動させて使えるということです。渡辺満里奈のマザーバッグはマルチバッグとしても使えるように工夫してあります。子育て、旅行、仕事、ハンドバッグとして使え、お父さんが持っても少しも違和感がないのです。
マザーバッグは渡辺満里奈のマザーバッグだけではありません。ラルフローレン、グッチ、レスポートサック、サマンサタバサ、コムサetcとかなりの数のブランドから出ています。それだけ女性にとって大事なバッグということなのでしょう。渡辺満里奈のマザーバッグは一人の女性として歩んできた人生の贈り物として、使ってみてはいかがでしょうか。